「今すべてがほほえんでいる」~ウェルギリウス『牧歌』第7歌より

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「今すべてがほほえんでいる」~ウェルギリウス『牧歌』第7歌より

Corydon
Stant et jūniperī et castaneae hirsūtae; 53
strāta jacent passim sua quaeque sub arbore pōma; 54
omnia nunc rīdent: at, sī formōsus Alexis 55
montibus hīs abeat, videās et flūmina sicca. (Ver.Ecl.7.53-56)

<韻律分析>

Stant et | jūnipe | rī et | castane | ae hir | sūtae; 53
strāta ja | cent pas | sim sua | quaeque sub | arbore | pōma; 54
omnia | nunc rī | dent: at, | sī for | mōsus A | lexis 55
montibus | hīs abe | at, vide | ās et | flūmina | sicca. 56

基本は英雄叙事詩の韻律であるが、53行目は「きわめて特異な韻律」(Williams)。jūniperīの語末の-īと次のetのe、ならびに、castaneaeの語末の-aeと次のhirsūtaeのhirは「母音連続」(hiatus / elision)しない。

<訳>

杜松(ねず)の木も棘(とげ)ある実をもつ栗の木も立っている。
木の下には、それぞれの実が所狭しと散らばっている。
今すべてがほほえんでいる。だが、もし美しいアレクシスが
この山を去れば、おまえは乾いた川さえ見るだろう(川の水さえなくなるのを目にするだろう)。

<語句と文法説明>

53
Stant: stō,-āre (立つ)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
et: 「そして」。et A et Bの形で、「AもBも」。1つ目のetに相当。
jūniperī: jūniperus,-ī f.(杜松の木)の複数・主格。
et: 「そして」。et A et Bの形で、「AもBも」。2つ目のetに相当。
castaneae: castanea,-ae f.(栗の木)の複数・主格。
hirsūtae: 第1・第2変化形容詞hirsūtus,-a,-um( 棘のある)の女性・複数・主格。castaneaeにかかる。

54
strāta: sternō,-ere(広げる)の完了分詞、中性・複数・主格。pōmaの補語。「広げられて」。副詞的に訳す。
jacent: jaceō,-ēre(横たわる)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
passim: 所狭しと(副詞) 
sua: 3人称の所有形容詞suus,-a,-um(自分の)の中性・複数・主格。pōmaにかかる。
quaeque: 不定形容詞quisque,quaeque,quodque(各々の)の中性・複数・主格。pōmaにかかる。
sub: <奪格>の下に 
arbore: arbor,-oris f.(木)の単数・奪格。
pōma: pōmum,-ī n.(実)の中性・複数・主格。

55
omnia: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の中性・複数・主格。文の主語。
nunc: 「今」(副詞)。 
rīdent: rīdeō,-ēre(微笑む)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
at: しかし 
sī: 「もし」。従属文に接続法・現在の動詞(abeat)を伴い観念的条件文を導く。
formōsus: 第1・第2変化形容詞formōsus,-a,-um(美しい)の男性・単数・主格。 
Alexis: Alexis,-idis m.(アレクシス)の単数・主格。

56
montibus: mons,montis m.(山)の複数・奪格。
hīs: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の男性・複数・奪格。montibusにかかる。
abeat: abeō,-īre(去る)の接続法・能動態・現在、3人称単数。
videās: videō,-ēre(見る)の接続法・能動態・現在、2人称単数。観念的条件文の主文の動詞。
et: ~さえ 
flūmina: flūmen,-minis n.(川)の複数・対格。
sicca: 第1・第2変化形容詞siccus,-a,-um(乾いた)の中性・複数・対格。flūminaにかかる。

<逐語訳>

杜松(ねず)の木(jūniperī)も(et)棘(とげ)ある実をもつ(hirsūtae)栗の木(castaneae)も(et)立っている(Stant)。木(arbore)の下には(sub)、それ自身の(sua)それぞれの(quaeque)実が(pōma)所狭しと(passim)横たわり(strāta)散らばっている(jacent)。
今は(nunc)すべてが(omnia)ほほえんでいる(rīdent)。だが(at)、もし(sī)美しい(formōsus)アレクシスが(Alexis)これらの(hīs)山々から(montibus)去れば(abeat)、おまえは乾いた(sicca)川(flūmina)さえ(et)見るだろう(videās)。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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